11.02.17:27
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09.12.11:47
幻想の詩―博麗の連―#6
東方SS十一作目。
霊夢×紫の連載物。
ある秋の夕暮れ、再び訪ねて来た鬼。
冬が近い。秋の色は日毎に褪せて行き、寂寥の漂う色が目立ち始めている。紅や黄に染まった葉も、もう随分と散ってしまった。時の進みを示すかのように、一枚、また一枚と散って行く様を見ているのは、苦痛だった。永遠に秋が続けば良いのに、そう思わずには居られなくて、一人お茶を飲みながら泣きそうになる。どうしようもなく弱い自分が、嫌になった。
前回の来訪以来、紫の姿を全く見なくなった。冬は目前に迫っている。それはつまり、紫が既に冬眠に就いた事を表しているのだろう。長い眠りの前の挨拶があれだけなんて、失礼だと思う。第一、自分の事しか考えていない。少しは私の事も考えてくれても好いだろうに、紫は一言の挨拶を残すだけで知らない間に眠りに就いてしまう。知らず知らずの内に、足がマヨヒガの方に向かいそうになった事もあったが、運命に任せて行ける場所でもない。それを思い出しては、消沈した。
――冬が近い。
だと云うのに、私にとっては既に冬は訪れている。
◆
「また、辛気臭い顔をしてる。気付いた事は何もなかったの?」
窓を開けて居られないほどに寒さが厳しくなったある日、萃香がひょこりと顔を出してきた。何時ものように瓢箪をぶら下げて、頬を薄紅色に染めて、気さくな態度でそう尋ねてきた。
私は取り敢えず萃香を家の中に招き入れて、二人して炬燵の中に身を入れた。掃除を終わらせた後だったから、冷えた身体には至福の一時だったが、萃香が出会い頭に掛けた問いが心までを温かくさせなかった。そうは云っても、此処最近に心休まる時などは無かったような気がするが、それも気にしない事にする。
「気付いた事はあっても、どうしようもなかったわ」
一心地をついてから、諦めたように云うと、萃香は口元を少しだけ吊り上げて、意外な反応をした。酔いの所為かも痴れないが、にこにこと笑っている。そうして何も云わずに座って、私を見ている。私は萃香の意図を測りかねて、ただ怪訝な眼差しを向けるばかりで何も云わなかった。
冬に差し掛かった博麗神社は、静寂に満ちていた。秋の歌を詠むかのように鳴く虫達の声も、無くなっている。乾いた風の音ばかりが響き、より一層寂しげな静寂を濃くさせている。この静謐な雰囲気が嫌いでなかったのは何時までだっただろか。もう随分と昔の事のように感じるが、それも実際は少しの間なのだろう。冬の前の静けさが、殊更に身体に凍みるようになったのは、つい最近の事なのだから。
「気付いたかい。うん、気付いたなら好いんだ。それが何にしろ、気付けたのならね」
「何が云いたいのよ。勿体ぶっているようだけど」
「別に、私は何も云わないよ。霊夢が何に気付いたのかも知らないんだから」
そう云って、ぐびりと酒を呑んで見せる萃香の顔には、やはり柔らかな笑みが浮かんでいる。
何も知らないと、何も云わないと、そう云う萃香は何時も思わせぶりな態度を取って、いて、それでは聞いてくれと云っているようなものではないか。そうして最後まで何も云わないで帰るのだから、余計に性質が悪い。気付くように促したのなら、気付いた後に何をするべきなのか教えてくれても好いだろうに、飽くまで萃香は傍観者に徹するつもりのようだった。一思いに助けて欲しい、そう云えたらどれだけ楽か。何度もそんな事を考えていた。
「――だけど、何か云って欲しいのなら云ってあげるよ。与太話にならない保証は出来かねるけどね」
「それって、馬鹿げていると思わない?」
「馬鹿げているよ。だからこそ、酒の肴に相応しいのさ」
「馬鹿にされているようだけど、それなら話してみなさいよ」
からかわれていると云う自覚はあったが、それでも私一人では何も判らないのは判然としていたので、聞いてみる事にした。しかし、飽くまで私は興味を持っていない振りを通している。さも、話したいのなら話してみるが好い、とでも云うように、傲慢な態度を崩さない。我ながら嫌な人間だと思った。否、人間ではないのだ。私は幻想郷に存在する、博麗と云う機能の一つ、それが私だ。だからこそ、判らない事が多い。殊に、他人に対して私は何をも知り得ないのだ。
「じゃあ、話そうか」
萃香は瓢箪を隣に置いて、改めてから話を始めた。
まるで幼い子供に語り掛けているかのように、静かな口調だった。
「生物とは須らく、気付いた時に行動を起こす。獣なら、獲物を見付ければ狩り、天敵を見付ければ逃げ、安全に気が付けば寝る。それは人間も妖怪も変わらない。例えば霊夢。霊夢は異変に気付けば解決に向かう。それは、気付いた後に起こす行動だ。魔理沙も咲夜も変わらない。生物は何かに気付いてこそ、行動を起こせる」
――それだけで、私は萃香が何を云おうとしているのか悟ってしまった。何時も私が考えていた事ではないか。独りで居ては、何も出来ずに徒然を持て余していた私は、萃香の云わんとしている話を既に体現している。それは、更に話の続きを聞く事によって、より顕著になって行く。私を次第に、追い詰めるように。
「――興味を持たず、感情を持たず。気付けはすれども興味はなく、気付けばすれども感情は湧かず。自分から行動の選択肢を潰している気はどうだい? 私は他人に物を教えられるほど聡明ではないかも知れないけれど、それでも問うてあげるよ、博麗霊夢。博麗として在りたいのか、霊夢として在りたいのか。それを決めなければ、本当に気付いたとは云えない。気付いたのなら、興味と持ち、気付いたのなら、感情を湧かせ。人間はそう云う生き物なんだから」
何時だって自問してきた内容を、目の前で形にされるのは、想像以上に大きな衝撃を伴っていた。それこそ、私の言葉を発するだけの余裕を一切掻き消してしまうほどに、その威力は絶大だった。
「時間はあるよ、少しだけ。秋が消え失せて、冬が訪れるまでの時間は、とてもとても短いけれど」
その言葉は、私の背中をぐいぐい押しているように感じた。
ぐびりと酒を呑んだ萃香は、相変わらず穏やかに微笑んでいる。
私は、自分がどんな表情をしているのか判らなかった。少なくとも、晴れやかでないと云う事だけは、気付いていた。
――続
萃香が霊夢を諭してあげたりするのが好きです。
あんな姿でも生きた歳月は凄まじいですしね。
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