11.02.15:23
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09.14.01:43
幻想の詩―博麗の連―#8
東方SS十三作目。
霊夢×紫の連載物。
先の見えぬ霧の中。
出会ったのは凶兆の黒猫だった。
冬が近い。
だから寒い。
冬が近い。
だから寂しい。
微かに残った温気も消えて、鮮やかに色付いた葉が散って行って、蕭条たる光景が目の前に出来上がって行くのを見るのは、苦痛だと思った。何かしなければいけない。何をすべきかは、既に知っている。故に私は、こうして寒空の下を飛んでいる。迷ったのか、それとも望んでこう云う状況に入ったのか、目の前を覆う霧は行く先を見通させなかった。
しかし、その一方で確実に私の求める目的地は近付いているように思われた。迷わなければ辿り付けないマヨヒガ。私が目指すのは、そこだけだ。博麗としての私と、霊夢としての私の、境界を判然とさせる為に、私は飛んでいる。恐怖とは違う緊張で五月蠅く鳴り続ける心臓の音は、絶え間なく私の胸を内から叩いていた。
新しい扉を見付け、そこを切り開こうとするかのように。激しく、運命の扉を叩く音が木霊する。
◆8
特にこれと云った宛てもなく、無人の家屋を見遣りながら宙を彷徨っていても、目的の場所は一向に見えなかった。何処に向かおうとしているのかも判らない曖昧な感覚の中では、この霧に覆われた世界がまるで夢の中であるかのように、現実味が薄れている。身体だけでなく、心でさえも迷わせる故に、此処はマヨヒガと呼ばれるのだろう。
――そんな事を考えていると、生物の気配など皆無だった周囲に、突然何者かの息遣いを聞いた気がした。その場に止まって辺りを探って見ると、一匹の黒猫が私の方を黄色い目で見詰めながら、じっと佇んでいる。烏の濡れ黒羽のような艶やかな毛並みが、薄い霧の中でも光っていた。迸る燐光もこの霧によって褪せる事はない。私は漸く道標を得たと思い、その黒猫の方へと近付くと、猫はなあ、と一声鳴いて、小さな欠伸を零した。
「あんたの主人は何処に居るのかしらね」
人間に話しかけるかのように問い掛けると、猫は小さく首を傾げる。不思議な愛嬌を持つ猫だ。私はそんな事を考えながら、その猫の仕草を眺め続けていた。猫は一向に動く気配を見せなかったが、この猫以外に私が望む場所に辿り着く鍵は無かったから、私もぼんやりとしながら猫の隣に座っていた。
それからどれくらいの時間が経ったのか、猫がいきなり立ち上がった。優美に生える尻尾を優雅に立たせて、恭しく霧の向こうに集中している。それにつられて、私もこの猫と同じ方向に集中して見ると、人影が次第に近付いて来るのが判った。どうやら、この猫の傍に居ると云う選択肢は間違っていなかったらしい。
二つに分かたれた尾を振りながら近付いて来た人影は、私を見付けるとその場に立ち止まった。
「何してるの?」
怪訝な、しかし何処か確信を得ているような、そんな表情をして橙はそう尋ねて来た。元よりまだ腹の底で渦巻いている思考を全て放擲するつもりで此処に訪れていた私は、何も隠さずに答えを返す。友人達の言葉を思い出せば、自ずと選ばれる選択だった。後悔だけはしたくない。そればかりを考えていたから。
「貴方の家に行きたいのよ。だから宛てもなく彷徨って、この猫を見付けたのだけど」
「……じゃあ、付いて来て。案内するから」
「やけに簡単ね。前は通そうとしなかったのに」
「それは、まあ、行けば判ると思うよ。この猫だって、その為に此処に居るように頼んだんだから」
そう云って、橙は先頭を切って霧の中を進み始めた。私の隣に立っていたはずの黒猫は、何時の間にか影も残さずに消えている。橙の言葉に若干の違和感を感じながらも、あの背中を見失ってしまえば私にはどうする事も出来なくなってしまうと思い、慌てて後を追った。
――凶兆の黒猫と呼ばれるこの妖怪が、果たして私にとってどんな存在なのか。下らない事を頭の中に思い浮かべたが、此処まで来てしまった以上は引き下がる訳にはいかない。例え火の中でも水の中でも、飛び込む覚悟だった。ただ、大事なのは私を確実に案内してくれると云う存在だ。それが無ければ、決して辿り付けない場所なのだから。
少し遠くを見渡すと、そこには白い霧が立ち込めている。
まるで私の未来を表しているかのように曖昧な景色が、酷く気になった。
叶うなら、こんな鬱陶しい霧は全て晴れてしまえば好いのに。そう思わずには居られなかった。
――続
少し時間が空いた時に、遅れた分を更新しようと思ってます。
毎日更新は大変だと痛感した今日この頃。
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