11.02.19:34
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11.20.20:34
幻想の詩―紅魔の連―#1
東方SS五十五作目。
紅魔館の面々で連載物。
紡ぎ出される物語。
その館は周囲から畏怖され、世間から見放された孤独と恐怖の象徴として、絶壁を境に海を背にする、荒涼たる丘の上に建てられていた。
何時からその地にあるのか、また誰が立てたのかも知れぬその館に立ち寄る者は誰一人として居ない。その館は恐怖と孤独の象徴である以外に、人々に何の感慨も与えないのである。故に人々はその館はを遠目に眺める事はあっても、その館が何故恐怖を具現した物のように云われているのかは知らない。ただ、誰も近寄らないその館を、周囲の者が感じるままに感じ、周囲の者が思う事を思い、周囲の者が伝える事を伝えるのみである。
だから、〝吸血鬼が潜む館〟と称される、赤の塗料で塗り固められた不気味な外観を持つ建設物の中がどうなっているのか確認出来た人間は誰一人として居ない。それを知る者がもしも居るとするのならば、それはその館を住居とする者以外には有り得ないのである。けれども、そんな人物が居るのかどうかも、人々は知り得ていない。全てを謎として放置されているが故に、そこは世間から隔絶された空間と化している。そうして孤独を象徴しているのである。
ところで、こんな逸話がある。
それは、紅い館の一番近くに存在する小さな村に古くから伝わる、一種童謡のような物だが、一方で恐怖を象徴するその館の片鱗のような物で、小さな村の人々はその話を忌み嫌った。それこそ、極端な場合はその童謡を耳にした途端に発狂し出す者すら居るくらいに、慄然を感じさせる話なのである。――そういう人物はごく少数であるが、その館の恐怖を現実に味わった者達は、皆一様にその恐ろしさを嘆き、その行為に憤怒し、失った者を悼み、そうして最後に悲観に暮れる。それほどまでに、彼の館は恐ろしい存在なのである。
件のお伽噺は次のように語られる。短く、信憑性を持たず、様々に変容するが、それ故に謎は深まるばかりで、事実として起こった事件は殊更に恐ろしさを増す。だからこそ、人々は長い時間を恐怖と共に過ごさねばならなかった。
邪が住み魔が住む紅魔館。
何時からそこにあるの?
きっとそれも忘れちまったのさ。
紅い紅い紅魔館。
何でそんなに紅いの?
きっと喰らわれた人の返り血さ。
怖い怖い紅魔館。
何でそんなに怖いの?
きっとみんなを攫って喰っちまうからさ。
一人ぼっちの紅魔館。
どうしてそんなに孤独なの?
きっと見た者全員殺しちまうからさ。
紅くて怖くて一人ぼっちの紅魔館。
そこにいるのは真赤な吸血鬼。
会ったらどうすればいいの?
神様の加護を祈ればいいさ。
その翼は何のために?
人間を攫って持って帰るためさ。
その牙は何のために?
人間の血を吸い取るためさ。
あなたはだあれ?
紅くて怖くて一人ぼっちの吸血鬼さ。
わたし、神様に祈るわ。
神様はとっくに喰っちまった。
◆
「眠れないのかしら?」
鮮やかな蒼銀の髪の毛を生やした幼い容貌の少女は、目も眩むほどの銀髪を生やした幼い少女に尋ねた。既に寝付いたかと思われた銀髪の少女は、しかし予想に反して窓の方に向けていた身体を蒼銀の髪の毛の少女の方へ向け直すと、こくりと頷いた。窓の丁度中心に浮かんだ白い満月の光だけが光を提供する薄暗い部屋の中で、二人の少女はお互いの顔を見詰め合う。蒼銀の少女は優しげな光を瞳に湛え、銀髪の少女は何か話を要求するように可愛らしい愛嬌を瞳に湛えている。
「何か退屈を紛らわせられるようなお話をご所望?」
蒼銀の少女は、相手の心中を汲み取っているかのように、涼しげな表情でそう問うた。銀髪の少女は一言も口を聞かなかったが、こくりと頷く事だけはした。それで明らかになった望みを叶えてやる為に、蒼銀の少女は暫しの間考えに耽る。壁に掛けられた大きな振り子時計が、かちかちと時を刻む音を鳴らしている。静謐な室内には二人の息遣い以外に音はしない。ただ、時折吹く夜風が、静かに窓を叩いている。
「それじゃ、あるお話を聞かせてあげるわ。昔々の、誰もが忘れてしまった物語」
蒼銀の少女はその容貌に似付かない大人びた物言いで、そう告げる。凡そ年相応と云える稚気は寸毫も認められない。彼女は怜悧な眼光を大きな満月に向けて、遠い目をすると、玲瓏たる声音を以て、一つの物語を語り出した。……
――続
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