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東方とか他の二次とかふと思い付いた一次とかのSSを載せるかも知れない。 でも基本は徒然なるままに綴って行きます。
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11.02.17:24

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  • 11/02/17:24

09.27.18:58

幻想の詩―神と風祝の連―#8

東方SS二十三作目。
守矢神社の面々で連載物。
※鬱要素有り


開いた戸の向こうに、嫌な色の花が咲いている。



 ――どちらが話しに行こうか。
 諏訪子は宴会の終わりの間際、そう尋ねた。無論神奈子にはそれが意味する事に感付いている。即ち、早苗に幻想郷の話をしに行く事。それが二人が必ず行わなければならない事である。そして、同時に相応の覚悟が必要になる事である。早苗に幻想郷の話を持ち込むと云う事は、今までの早苗の過去を否定する事に繋がるからだ。少なくとも、早苗自身はそう考えるだろう。だからこそ、この役割は二人に対して同様の思いを募らせている。
 ――だが、神奈子は迷う素振りも見せずに、私が行くわと云った。諏訪子は意外の感に打たれたようであったが、自分が行くと云った神奈子の表情に何らかの意図を悟ったのか、何も云う事なく微笑していた。


 そして、翌日。
 神奈子は早苗の部屋へと続く廊下を、真剣さの滲み出る表情を提げながら進んでいた。

 

 


 

 


 もう随分と、この戸を叩かないでいた気がする。
 神奈子は早苗の部屋の前に立ちながら、そう思った。実際彼女が此処へ出向くのは久方振りの事である。早苗の事情を知りながら、無遠慮にこの部屋に立ち入る事など出来はせず、ただ早苗が望むままにこの部屋を避けてきた。が、それも今日までの事である。神奈子はとうとう、自分を抑えてきた戒めを自ら解き放つのだから。


「――早苗、入るわよ」
「……あっ」


 神奈子は一言の断りを入れて、有無を云わさず扉を開く。だが、その所為で見てはならぬ物を見てしまった。神奈子は断りを入れた後、少しの間を置かなければならなかったのだ。部屋の真中で、自らの身体に刻まれた傷跡を治療する早苗の姿を見ない為にも。そしてまた、それを見られまいとひた隠しにしてきた早苗の為にも。だが、間を置かなかったという、ただそれだけで無情にも事件は起きてしまう物である。神奈子には言訳の言葉の片鱗も浮かばなかった。


「ち、違うんです。えと、少し待っていて下さい」


 そう云って、早苗は包帯や絆創膏を救急箱の中に詰め込み始めた。平生ならば、早苗の片付けには敬服してしまうほどの整理整頓が行き届く。だが、今回ばかりは乱雑で、凡そ後に使う者の事などは思慮の内にも入らないほどに、彼女の片付け方は平生とかけ離れている。神奈子は憂いを秘めた瞳に、そんな早苗の姿を映し出して、静かに白い肩の上に手を置いた。それは早苗の行動を止めさせるように厳かで、また早苗を慰めるかのように優しげであった。


 早苗は驚いたように片付けをする手を止めて、まるで吸い込まれるが如く、神奈子の瞳を見詰めた。神奈子は悲しげに目を細めると、早苗の背中に腕を回す。肩に乗った顎の感触と、胸の柔らかな感触、そして何より早苗の温もりが自分の腕の中にあるのは、一時の安堵を得るには充分過ぎたが、微かな早苗の呻きはたちまちその安堵を吹き飛ばした。


「――痛い?」
「いえ……大丈夫です」


 きっと、少し身体を離して早苗の白い肌を眺めてみれば、そこには痛々しい傷が以前よりも増しているのだろうと神奈子は思う。赤黒い痣も、青黒い痣も、増えていて、その全てが今も殴られているかのように痛むのだろう。
 それなのに、早苗は大丈夫だと云う。何時だって早苗は、自分が心配されるよりも、他人が自分を心配して、それが塵労に繋がる事を恐れている。それだから、大丈夫と云ったのも虚栄である。神奈子はその確信を抱いていた。そうして、早苗を楽にしてやりたいと強く望んでいた。即ち、幻想郷に渡る事を。


「……ずっと、一人で手当をしていたの?」
「……」
「あのね、早苗。相手に心配を掛けるのは、迷惑な事ではないのよ。貴方は何時だって自分の心配事をひた隠しにするわ。どちらかと云うと、その方が迷惑になるの。だから、早苗。直接云ってしまえば好いのよ。此処で泣いても構わないし、不満をぶちまけても好い。貴方の好きなようにしたら好いわ。――神様からの、お願いよ」


 そう云って、神奈子は早苗の背中に回した腕に力を込める。より近くなる二人の距離は、互いの心をも近付けたようであった。早苗はだらりと下げていた腕を静かに、ゆっくりと上げると、恐る恐る神奈子の背中に回して行く。そうして、その背中を思い切り抱き締めた時、今まで耐えてきた鬱積の塊が、粉々になって行ったような心持がした。


 鮮緑の瞳からは大粒の涙が溢れ始め、薄紅色に色付いた頬は神奈子の肩に埋められて。初めの内は押し殺していた声も次第に大きくなり、早苗は何時振りかも知れぬほどに、稚気を帯びた風で泣いた。神奈子はそんな早苗を優しく受け止めるかのように、始終背中を撫でていた。親が子にするように、まるで子守唄を歌っているかのような優しさを以て。


 ――どれだけの間、試練とも云えぬ辛い仕打ちに耐えてきたのだろうか。
 こんなにも弱々しくて、幼い頃からその本質を殆ど変えず、それでも尚心配は掛けさせまいと自分を追い込んで、早苗はどれだけの心労をその小さな体躯の内に溜め込んだのだろう。
 神奈子はそう思う度に、胸に痛みを覚える。早苗に何もしてやれなかった過去は勿論、今この場で何も出来ない自分が情けなく思えてしまうのである。


 そして、恐らくは廊下と早苗の部屋を分かつ戸の向こうで、帽子のつばを握り締めながら肩を震わせている諏訪子も同じだったろう。それだけ早苗は頑張っていたのだ。二人が安穏とした日々を送る中、たった一人で耐え続けたのだ。神奈子と諏訪子に弁解の余地はない。気付けなかったのだ。声のない早苗の助けを求める言葉に。


「早苗」


 すん、と鼻を鳴らす早苗は、神奈子の肩に顔を埋めながら、無言でその言葉に答えた。それを受け取り、神奈子も本来の用事を果たすまでに至る。神奈子は、静かに云った。


「大事な、話があるわ。――聞いてくれるかしら」


 すん、とまた洟を啜る音が鳴る。
 掠れた声で、はいと云った早苗の声には力が無くて、神奈子は話を切り出すべきだろうかと、一瞬たじろいだ。が、自分には残された時間がない。その上、その少ない時間にも保障がない。であれば、やるべき事は早々に済まさねばならなかった。神奈子は、暫しの逡巡の後に、話を始めようと口を開く。


 静謐な室内は、何処か物哀しく、散らばった包帯が畳の上に、虚しく鎮座していた。

 

 


――続

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