11.02.15:29
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10.26.01:18
幻想の詩―蓬莱の連―#12
蓬莱の薬に手を出した面々で連載物。
意味なき殺意は消え失せて。
赤々と燃える火の玉が暗い竹林を照らし出す。月光は威勢を失い、その赤い光に遠慮するように、弱々しい光を降らしている。また一方からは鮮やかな極彩色の弾丸が、疾風の如く空を切る。それが火の玉と衝突し、花火のように弾けて消える。豪と唸る異なる色の弾幕は漆黒の夜空を切り裂き、瞬く星々の光を隠し、輝いている。
妹紅は迫る弾丸を避けながら、そして火の玉を飛ばしながら、考えていた。
一体自分は何の為に戦っているのか。その疑問ばかりが頭の中を支配する。ただ輝夜の挑発に乗せられただけかも知れない。けれどもその挑発によって生まれる戦いの理由とは何か違う気がする。もっと別の所にこの戦いの理由があるように思える。過去の呪縛が自分を縛っているように思えなかった。
そうしてまた不毛だと思った。
殺せぬ殺し合いは、その矛盾の中で既に完結している。殺せぬのならそれは真理である。どう足掻こうとも真の勝敗が決する事はなく、それは永遠に繰り返されるだけなのだ。――もしかしたら、自分も輝夜の能力に操られているのかも知れない。妹紅はふとそんな事を考えた。そして口の中で不毛だと呟いた。
◆
戦況は徐々に傾いて行った。
初めは互角だったのも、今では過去である。妹紅の張る弾の壁は次第に押され、自分に向かって襲い来る弾の数は増え、逆に輝夜に向かう弾は減少の一途を辿っている。何時もと同じだと彼女は思った。最近の自分が弱くなった事には気付いている。その理由も薄々感づいてはいる。だが、それをどうしても認められない。彼女は彼女以外の尊厳の為に闘わなければならぬ。しかし、一向に戦況の優勢は妹紅に傾かない。
「貴方のお父様への想いはこんなものかしらね。何時もと何も変わらないわ」
激しい戦い。凄まじい攻撃が空気さえも焼く光景を見たなら、恐らく誰もがそう思うだろう。しかしそんな中で、輝夜はさもつまらなそうにそう呟いて、溜息を吐いた。まるで妹紅の攻撃をものともしていない。
「……」
妹紅は奥歯をぐっと噛み締めた。
これほどまでに力の差が開いた事が、今までにあっただろうか。断じてそんな事は有り得ない。常に全力で輝夜と衝突し、どちらが勝つかも知れぬ接戦を繰り広げていたはずである。だが、この現状は余りにも判然としすぎている。自分の力はこの程度だったのか、そう思ってもやはり妹紅は押されている。
「こんなに張り合いがないなら、生かしておいても無駄かも知れないわね」
悔しそうに表情を歪めている妹紅を見て、輝夜はそう云った。
妹紅はすぐにそれがどういった意味であるのかを悟った。今回の事件の犯人が既に判ってしまった以上は、当然の解釈であった。
「里の者を殺すつもりか」
彼女がそう云った瞬間に、熾烈な争いを繰り広げていた弾幕は一瞬にして消えた。力と力の相殺がその事象を引き起こしたのである。妹紅は畢竟自分は輝夜には敵わないのかも知れないと思った。消そうという意思がなかった以上、彼女の攻撃は輝夜にとって恐れるに足らないものであった。それはつまり、何時でも勝負を決める事が、輝夜には出来たという証左に他ならないからだ。妹紅は失望した。他の何でもない、自分自身に腹が立った。
「だって意味がないじゃない。この殺し合いがつまらなければ」
「幻想郷中を適に回すつもり?」
「それでも構わないわ。死ねない身体を持っているんだから、その方が好都合かも知れない」
「狂ってる。殺し合いが存在意義なんて、狂人しか思わない」
「狂ってる。私が。可笑しいわね。貴方がそれを云うの?」
睥睨されながら、威圧を掛けられながら、輝夜は少しも怖気づかなかった。むしろ妹紅の発する言葉の一つ一つに面白味でもあるかのように、楽しそうである。
「何が云いたい」
「だって、貴方も狂っているでしょう。殺せない相手を殺そうとして、数え切れない歳月を生きてきたんだから。それが今更私を狂っているだなんて、勘違いも甚だしいわ。それとも狂っているが故に自覚がないのかしらね」
狂っている。そう云われて、確かに自分は狂っているかも知れないと思った。しかし、妹紅は自分が狂っているという確かな自覚を持つに至らなかった。それどころか、輝夜がそこまで自分を挑発する理由が不思議になった。元より自分を怒らせるなら、戦いの火蓋を切ったあの言葉だけで充分である。何故里の人間を絶望の淵に陥れてまで、自分の立場を危ぶませたのか、それが何より不思議でならない。しかも、輝夜の言葉には一種の焦燥が感じられるのである。
「何をそんなに、怒っているの?」
妹紅は気付けばそんな事を尋ねていた。
「怒っている? 私が? 何を見てそんな事を云うのかしら」
「さあ、そんなの判らないわ。でも確かにそう感じたから、云っただけ」
「――不愉快ね。勝手にそんな事を感じられたら」
始終余裕のある面持ちだった輝夜は、妹紅の言葉に憤慨したのかとうとうそれを崩した。そうしてそれが、妹紅には新たな発見だと思えた。自らを苛めた過去の残影も、消え失せてしまった。あるのは憐憫だけである。妹紅は輝夜がどうして里に病を蔓延させたのか、判ってしまった。そうして同時に、自分が荏苒の境に落ち着いていられなかった理由も判ってしまった。否、認めたのだ。妹紅はまた、口の中に不毛だと呟いた。
輝夜の攻撃が再び始まる。
妹紅は懐に入れてある符を、取りださなかった。
――続
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