11.02.15:21
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10.27.22:53
幻想の詩―蓬莱の連―#13
蓬莱の薬に手を出した面々で連載物。
差し込んだ光は、未来。
入れ替わった月と太陽は、決別の証。
今まで積み重ねてきた痛みも、煩悶も、懊悩も、噴悶も、寂寥も、全ては一度に消え失せた。残ったのは爽快感にも似た虚無感、或いは確かな爽快感かも知れない。とにかく妹紅は、その身に背負ってきた大きな荷物を下ろしたような気分だった。それは言葉にして云えば開き直ったという表現が適切である。彼女は過去の呪縛から解き放たれた。そうして輪廻の運命を受け入れるに至った。――彼女は輝夜に見下ろされていた。
◆
静かな丑三つ時は既に過ぎ去った。遠い空は段々と白んでいる。闇が徐々に晴れ、燦爛と輝く太陽の光が大地に差す。妹紅にはそれを確認する術はなかったが、それでも夜中の空気と早朝の空気との見分けは付いた。もうじき夜が明ける、そう思うと頬は自然と緩んでいた。
「随分と幸せそうなのね」
輝夜は、身体の至る所から血を流す妹紅を見下ろしながら、そう云った。妹紅はそうでもないと答えたきりである。そうして沈黙が舞い降りる。何処からか聞こえてくる鳥の歌声がその静けさに拍車をかけている。二人はそんな中、ただそこに佇んでいた。少し前までの、恐るべき戦いの様子は微塵も見られない。そこに居るのは神秘的な美しさを持つ姫君と、骸と見紛う姿の人間である。
「里の人間がどうなっても好いの?」
「好くないわ。すぐに元通りにして」
「私に負けたくせに。――しかも、わざと」
「実力の差ね」
「それなら貴方は随分と弱くなったわ」
「それも含めて実力の差なのかも知れない」
「つまらないわね」
「面白いわ。あんたの言葉を聞いても、腹が立たない」
やめる気、と誰かが聞いた。それは出来ないと誰かが云った。白い光は竹林の青々と映し出す。焼け焦げた竹の匂いは何処かに持ち去られた。二人は血の匂いを感じながら、向き合っている。死ねども死ねず、死なずと殺せず。それを繰り返してきた二人の間には決定的な決別が見て取れる。外面はそうでもないかも知れない。けれども内面はそうである。
「私と同じだったのに」
一方は、閉じられた襖を見詰め。
「あんたと同じだったわ」
一方は、父の面影を見詰め。
「違ったのね」
「違うかも知れない」
ふ、と切なげな笑みを漏らし、姫君は踵を返す。人間は何も云わなかった。元よりかける言葉が見付からない。真に哀れだったのは自分ではなかったのだ。この世の不幸の全てが、この身に集約されていると思っていたのは間違いだった。哀れな姫君は、自分が哀れだとも思っていなかった。そうして今、初めて気付いたのだろう。妹紅はそれを思うと、胸が詰まるけれども、同情はしまいと誓っていた。姫君の矜持はいとも容易く砕け散る。
輝夜は音もなく去った。妹紅はその場に取り残された。動く事は出来ない。しかし目は見えている。蒼茫たる空が竹に囲まれて見えている。それが解放された気味に見える。妹紅は目を瞑った。そうして安らかな心の内に、将来の自分を考えた。老いは失われ、生と死は曖昧になり、苦悶ばかりが判然とする将来である。彼女の中に差した光は、竹林に差し込む一条の日光の如く、明るく儚かったかも知れない。
◆
慧音は里の激変にまず驚かされた。
里の守り手として重大な責任を感じていたが、朝起きて人里に赴いてみれば、広がるのは元気な里者の姿であった。先の事件の面影など寸毫も残っていない。農作業をする人間も、店を構える人間も、等しく健康そうである。一体誰が今回の異変を解決したのだろうかと、不思議がったが、その人物の名は決して出ては来ない。誰に尋ねても知らないというだけであった。そしてまた、異変の元凶も明確になる事はなかったのである。
「誰だと思う?」
「さあね。私の勘も、当てにならないわよ」
子供達が集う広場を眺めながら、慧音は隣にいる霊夢に話しかけた。霊夢もまた人里に訪れて、驚いていた。だが今ではあるべき姿を取り戻した人里に違和感を持っていないようで、事件の真相を追及する気色もないようであった。慧音もそれを見て、自分が深く立ち入らなくとも、博麗の巫女がそうしないのだからしなくて好いのだと結論付けた。ただ、まだ一つ不思議な事がある。慧音はそれの淵源たる理由が、どうしても判らなかった。
「ところで、あれは一体どうした事なの?」
「さあな。私も判らない。ただ、何かあったんだろう」
「それならきっと、解決したのはあいつね」
「そうかも知れない」
二人の見詰める先は子供達の集う広場である。
その広場で何の憚りもなく遊び回る子供達の中心に、一人の女の姿がある。
その女の名は、藤原妹紅という。
――完
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