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東方とか他の二次とかふと思い付いた一次とかのSSを載せるかも知れない。 でも基本は徒然なるままに綴って行きます。
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11.02.19:19

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  • 11/02/19:19

10.11.23:53

幻想の詩―蓬莱の連―#4

東方SS三十四作目。
蓬莱の薬に手を出した面々で連載物。


儚く消える命、すぐに消えそうになってしまう命。――そして永遠に失われない命。
何が一番尊いのだろうか。



 少し離れた先にある茂みから躍り出た影には気付いていた。
 気付いていたから、迎撃しようと思えば赤子の首を捻るくらいには簡単であった。
 だが、彼女は飛びかかってきた黒い影を見ていながら、如何なる行動も取り得なかった。
 自身の行動に驚きを隠せなかったが、すぐにそれも腕へ食らい付かれた痛みによって、忘れてしまった。
 後ろからは声がした。幾ら子どもと云えど、強靭な顎の力は容易に肉を切り裂く。一際強烈な痛みが腕を刺したかと思って見てみると、そこには不自然な形に欠けた肉がある。歪な傷跡からは血が滴り、地面に水溜りを作っていた。


「子供か」


 焼け焦げた死骸の前に立ちはだかる狼の子を一瞥して、彼女は冷たく云い放つ。毛を逆立てて、今にも飛びかからんと身を構える狼の子は、喉を唸らせながら、彼女を威嚇していた。ところへ、先刻追い詰められていた人間の男が、彼女の横を通り抜けて、狼の所へ一目散に駆け、手に持った木の棒で思い切り叩き付けた。
 切なげな鳴き声と共に、小さな狼の体躯は吹き飛ばされ、茂みに落ちる。それを追った男が、また一振り、二振りと棒を奮い上げ、地面に叩き付ける。草むらに隠れた彼の所業は、人間の娘にも、妹紅にも見えはしなかった。ただ、男の振り上げる棒が月明かりに照らされ、空気を裂いて地面へと向かう度に、鳴き声が響く。その内に、それは聞こえなくなった。

 

 


 

 

 

「助けて頂いてありがとうございます」


 生々しい傷跡が残る肩を手で押さえ、男は妹紅に向かって礼を云った。娘の方は男の服の裾を両手で掴みながら、怯えた様子で妹紅を上目使いに見上げている。


「まあ間に合って好かった。怪我は早く治療した方が好い。すぐに化膿してしまうから」
「いえ、でも。貴方の方が酷い傷を負っています。先に治療させて頂けませんか」
「私は好いよ。すぐに治るから。――ほらね」


 そう云って、妹紅はすでに傷の癒え掛けている腕を掲げて見せる。赤い肉が露出していた部分は、その陰惨さをなくして、既に新たな肉が出来、新たな皮膚が生まれようとしている。人知を超えたその光景を見て、男はあからさまに驚いた。未だかつて、こんなに傷の治りが早い人間を見た事がない。男が驚くのも無理はなかった。


「……その身体は」
「少しだけ違うね、人間とは」
「貴方は妖怪なんですか」
「そうかも知れない」


 男の質問に渇いた笑みを浮かべながら答え、妹紅はその場を後にしようとした。
 妹紅は自分でも、自分が人間と云えるのかどうか疑わしくなっていた。何度死ねどもこの肉体は完全なる再生を遂げ、どんなに傷付こうともその苦悶から逃れる術はなく。痛みも最早彼女にとって、受け入れ難い物ではなくなっていた。あるべき物の一つとして、痛みを享受する事も出来た。殊に輝夜との戦闘の際に負う傷などは、もたらされるべくしてもたらされるのだと諦念の感すら感じている。妹紅はそれらを鑑みて、自分の事を人間だと断言する事が出来ない。


「あ、あの……」


 立ち去ろうと背を向けた妹紅に声を掛けたのは、始終怯えた眼差しで妹紅の事を見詰めていた娘の方だった。幼い娘はおどおどとしながらも妹紅の傍に駆け寄り、服を摘まむと、相変わらずおどおどとしながら、妹紅を見上げていた。


「ん? どうしたの」


 妹紅はなるべく怖がらせないようにと、優しく云った。それでも娘の対応は依然として変わらなかったが、恐れられて離れられるよりはどんなに好いか判りはしない。そしてそれが功を欲したのか、娘は小さな声で、たどたどしく謝礼の言葉を紡ぐ。ありがとうと、云ったその声は、聞こえるかどうかも疑わしいほど小さかったけれども、妹紅の渇いた心を震撼させるには充分過ぎた。不意に込み上げてきた熱い物を押し戻すように、妹紅は沢山の空気を肺腑の中へと取り込むと、娘と五十歩百歩の声量で、どういたしましてと返した。


「今度、お礼をさせて下さい。命を助けて貰ったも同然ですから」
「お礼なんて、好いよ。手伝いのついでだったし、目の前で死なれるのも気持ちが好くない」
「それでも、受け取って貰わないと気が済まないのです。――こいつもそう云ってますから」


 男はそうして傍らに居る娘に視線を向ける。娘はその視線を受けて、暫し迷っていたようだが、やがてまた妹紅の方へ向くと、頷いた。子供らしい無邪気な愛嬌がお礼をさせてくれと頼んでいる気がして、妹紅はこの場から立ち去る訳にはいかなくなった。是か、非か、どちらかの答えを呈して行かなければならない。妹紅は幾ら考えてもどうせ埒があかないから、と心中に云い聞かせて、頭の後ろを掻きながら、「それじゃ、また今度」と云った。

 

 


 ――その夜、妹紅は何時もと同じように、輝夜との殺し合いに応じた。
 少しの油断が命取りとなる中で、彼女は繰り返し「不毛だ」と呟いていた。
 それに反して月の姫は嬉々としている。これも何時もと同じであった。狂気の笑みを自分も浮かべていたのかと思うと、妹紅は背中に冷たい物を感じる。自分は今や殺し合いの最中に笑えない。ただ虚栄心ばかりが先を出て、けれどもそれに中身が少しもないから、中途半端な攻撃ばかりが出てしまう。そうして今夜も、妹紅は負けた。

 

 

 

――続

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