11.02.17:41
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11.07.16:57
幻想郷大戦#1
たまには激しく戦闘物。
幻想郷に小さな焔が飛び火する。
その時、何も無かった空間が裂けた。
幻想郷に幾つもの隙間が穴を開けた。
その穴の傍らには人外がいる。
穴からは一人の女の声が、高々と響く。
◆
聞け、跋扈していると云われし妖怪達よ。私もその一人である。けれども決して同じではない。何故なら諸君が気付いていない事に対して、既に気付いているからである。
諸君は他の誰もが持ち得ない力を持っている。個々が個々の為だけに存在する力を有している。だがそれは決して受け入れられない。排他的な扱いを受け、被害をもたらす者は虐げられ、力を持つ者に討伐される。
何時からだ!
貴方達がそれを恐れるようになったのは。本来何も力を持たぬ人間を絶望の淵に陥れ、安穏とした暮らしに慣れた人間が生み出す恐怖の甘露を啜れなくなったのは。我々は気高く尊い。何の力を持たぬ人間達を恐れるのは何故か。人間が敷いた規則に準じ、本来あるべき姿を失った我々に矜持など皆無である。
自覚していないのならそれで好い。が、もう気付いたはずだ。何時から人間を恐怖に陥れる驚異的力を放たなくなったのだ。何時から自分の力に制限を設け、持ち得る力の全てを解放しなくなったのだ。それが示している。
――我々は平和と云う仮初の蜜に縋っている!
諸君は既に知った事だろう。
自分の力が衰えた事に。自分の力が見縊られている事に。
何故なら人間の考えを知ったからだ。人間達は我々を恐怖の対象として薄く見ている。彼らは討伐される。彼らは危害を加えない。彼らはもしかしたら好い生物なのかも知れぬ。
――何という事だ! 諸君、我々はそう思われている。それは我々に向けられた侮辱なのである。恐れ、嘆き、悲しみ、助けを求め、希望を失くし、見付け。そうして我々は均衡を保ってきた。故に今の幻想郷のように人妖の数は今ほど多くなく、力無き者が死んでいく事によって人妖は均衡を保っていたのだ。
しかし今はどうだ。
人里を見よ! 彼らは住まう集落を広げ、今や幻想郷に存在する人里の数は著しく増加した。
我々を見よ! 仮初の甘い蜜に魅せられて、本能を失くし下らぬ理性を身に付けて、欲望は身を潜め力は次第に弱くなる。そして力無き妖怪ですら我が物顔で練り歩く。
諸君、貴方達はこれを好しとするのか。我らは他人の存在を認めぬ。自己の力だけに信仰を置き、他者を凌駕する力を以て存在意義と成す。力有る妖怪は侮られている。能ある鷹は爪を隠すが、今の貴方達は研ぐのを怠った爪を隠しているだけだ。鋭利さを失くし、丸まった爪の先を他者に見せたくないばかりに逃げているだけだ。甚だ愉快である。能ある鷹は狡賢い。力を失って尚、見えを張れば気付かれないのだ。我々は自覚のない裏に、そういう打算を持っている!
打開策は簡単である。
欠けた矜持はこれから埋めれば好い。
失った力は取り戻すが好い。
我らは甘えぬ。自己の力を信じている。
だがよしんばそうしたとして、我々には壁がある。
幻想郷を守る役目を担った者の強さは理解の範疇を超える。規則の枠に収まっていた力しか目の当たりにしなかった諸君は、恐らく彼女を侮っている。また彼女を取り巻く人間も、警戒すべき力を持っている。規則の中でと言訳しても、我々は敗北を喫した事があるのだ。そうして死なぬ安堵の内に、妥協を以て安穏とした日々を送っているだけなのである。狙うべきは博麗の巫女! 彼奴さえ倒せば、我々は在るべき姿に戻るだろう!
諸君、今こそ開戦の時である!
人間に我らの恐ろしさを知らしめる時は来た。
臆病な者は棲み処に隠れているが好い。
そしてまた、妖怪の誇りは損なわれる。
奮い立て! 汝が持つ剣は何より強い。汝は盾を持たぬ! またその必要もない!
臆すな。勝機は我々にある。個々の力を存分に振るうが好い!
私はそれを許す。幻想郷を古くから眺めてきたこの八雲紫が、それを是とする!
今こそ開戦の時! 刮目せよ! 我々の誇りはそこにある!
◆
「……?」
ふと、霊夢は取り留めのない話を続けていた口を休めた。隣では怪訝な眼差しをした魔理沙が居る。彼女は、突如として押し黙った霊夢を暫く眺めていたが、中々霊夢が沈黙から立ち直らないので、とうとう我慢を切らした。
「おい、霊夢。何をそんなに呆けてるんだ?」
「……判らないけど、何かあるかも知れないわ」
魔理沙が声を掛けると、漸く霊夢は閉じていた口を開いた。だが、その言葉がまた何を云っているのか判らない。魔理沙は再び首を傾げて、怪訝な目付きになった。
「何かって……異変か?」
「そうだと好いわね」
「そうだと好いわね、って。お前も判らない奴だな」
「杞憂かどうかなんて、すぐに判るわよ。とにかく悪い予感がしただけだから」
「お前の悪い勘は辺りやすいんだよなぁ……」
物憂げな言葉とは裏腹に、魔理沙は好奇心に瞳を輝かせた。が、霊夢は気楽そうではなかった。寧ろ重い表情をしている。虫の知らせとは云うが、此処まで判然とした悪い予感が今までにあっただろうか。彼女はそれを考えると、柄にもなく未来に対して不安を覚える。自分では手に負えないような何かが、起こってしまう気がするのである。
遠く見える空には青空が広がっている。
霊夢は知らない。無論魔理沙も知らぬ。
――幻想郷の至る所に穴が空いた事を。
そして、その傍らにいた人外が、奮い立った事を。
本来起こり得ないはずの戦乱の波が、徐々に幻想郷を飲み込み始めていたのである。
――今は誰も、それを知らない。
――続
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