11.02.19:32
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11.08.20:44
幻想郷大戦#2
東方SS四十六作目。
たまには激しく戦闘物。
小さな焔は、始まりの一端。
異形の者達は動き出した。
頂点に座しているという自信を持つ者は動かない。
だが、それだけで明らかに起こっている変化は、明確になるのだ。
安穏とした日々の終焉と、混沌に包まれた未来とが、切り替わる変化に、彼女らは気付くのである。
◆
草木も眠りに就く丑三つ時、怪しげな光を放つ月は、三日月を象っている。小さな光の柱が襖の隙間を抜けて、霊夢の頬を白く染めている。冷たい夜風が、心地の好い眠気を提供する中、それを享受する霊夢は、安眠に就いていた。
――ふと、夜風が突然止まる。代わるようにして、生暖かな風が霊夢の頬を撫でる。そうして次に月光が途絶える。白く染まっていた頬は、漆黒に包まれて、その色を窺わせない。霊夢はまだ眠っている。何時の間にか、少しの隙間しか開いていなかった障子の隙間が、開かれていた。――そして、縁側と寝室の欄間には、一匹の妖怪が立っていた。
性別などは何もない。それはただ、静かな寝息を立てている霊夢を感情の籠らない目で見下ろしている。また何も声を発さない。それの口と思しき部分からは、生暖かな吐息ばかりが流れ出ている。
やがて、それは歪な形をした手を、霊夢の首に近付け始める。歪であっても、その指先には鋭い爪がぬらりと光っている。切れ味など何もない、ただ突き刺す為だけに存在しているかのような凶器は、しかし人の命を簡単に摘んでしまうだけの殺傷力を持っている。霊夢とて例外ではない。それの爪が首に、或いは心臓に突き刺さればひとたまりもないであろう。爪先は既に霊夢の咽喉に刺さろうとしている。異形の者が手に力を込めたと思われた、――その時。
「随分と早い目覚ましね」
閉ざされていた霊夢の瞼は開かれた。自分の命を狙う物を既に視界に入れ、敵と認識し、油断している事すら見透かして。博麗の巫女の力を侮るな。異形の者はその言葉を確かに頭の中に反芻した事であろう。けれども遅すぎた。彼女の目は開かれてしまったのである。今から足掻こうとも、何が出来る訳ではない。異形の者は。霊夢の鋭い眼差しに込められた恐ろしい殺意に呑まれ、持っていたはずの殺意を失った。――そうしてその瞬間には、勝負が決していた。
「悪いけど、不意打ちで殺そうとしてきた相手を許せるほどの加減も情も、持ってないのよ」
襦袢に身を包んだ霊夢の姿は、既に布団の上に無かった。異形の者は依然としてそこに立ち尽くしている。何も云わず、何もせず、ただそこに立っている。――背後に居る霊夢にすら気付かずに。
「家の中の掃除は苦手なんだけど」
霊夢はそう呟いた。そうして、呻吟する事もなく異形の者は布団の上に身を横たえた。首と思われる場所には、一枚の符が突き刺さり、青白い焔を発していた。霊夢は、危機感など何も携えない状態のまま、縁側に出る。そして後ろ手に障子を閉めた時には、白い障子紙の向こうが、爆ぜていた。
「――何とも、奇妙な夜ね。百鬼夜行だなんて勘弁願いたいけど」
夜空には三日月が浮いている。そこに懸かる雲は青白く染まる。霊夢は境内をある程度見回してから、その空を仰ぎ見た。満月には些か早過ぎる。そうしてこの現状は、それ故に奇妙なのである。
百鬼夜行、霊夢はそう呟いた。そしてそれを比喩に終わらせぬ光景が、境内の中に広がっていた。醜い身体の妖怪が、夜の闇の中に蠢いている。月光に照らされる光に照らされ、或いは赤く、或いは青く、或いは緑に。色とりどりと云えば聞こえは好い。けれども、その光景は醜いと評する以外に、批評の仕様がなかった。
霊夢は呑気な溜息を一つ、妖怪達の前に落とすと、襦袢の袂から数十枚の符を取り出した。術式が既に描かれているその札は、しかし数十枚しかない。目の前に広がる妖怪達を全員相手にするには明らかに心許ない枚数。絶望的な戦力差、妖怪と霊夢が対峙する光景を見る者があったなら、そう思った事であろう。けれども霊夢の表情は、危険に晒されているという明らかな事実の前に、余りにも呑気過ぎる。霊夢は面倒臭そうに、云った。
「余り時間かけてらんないから、一斉に来なさいよ」
――静謐な境内が、沸く。
まず一匹目は、霊夢の持つ符によって首を切断された。
そして二匹目と三匹目は、霊夢に飛びかかる前に、詠唱によって力を増し、霊夢によって投擲された符によって木端微塵に吹き飛んだ。その肉片を受けて半分の妖怪はたじろいだ。しかし半分の妖怪は臆す事なく襲い掛かる。たじろいだ妖怪達は、数枚重ねた符の束が引き起こした爆発によって、身体を引き裂かれる。襲い掛かってきた妖怪達は、霊夢の身体に触れる前に張られた結界に阻まれ、地に伏し、或いは結界の強度に耐え切れずに事切れた。
地に伏した妖怪は――最早、云うまでもない事である。霊夢は髪の毛を二三度掻いた後、また夜空を見上げた。その時には境内は静謐さを取り戻している。三日月から降りる光が照らすのは、死屍累々たる光景であった。
「全く、杞憂だなんてとんだ楽天論だったわね」
一人呟く霊夢の表情は遠くを見ている。
その時に初めて、安穏とした雰囲気は身を潜めたように思われた。
好くない未来像が浮かんでは消え、消えては浮かぶ中、霊夢は眠る事なく遠くを見詰めていた。
――続
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