11.02.17:24
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11.18.23:48
幻想郷大戦#10
東方SS五十四作目。
たまには激しく戦闘物。
空を裂く、光の刃。
その個体自体は本来力などというものは微塵も持たないか弱き生物であった。それが今、強靭な二枚の結界の内一枚を破壊し、最後の一枚までをも破壊しようとしている。総数など把握しようとする行為自体が愚かしいと思えるほどの連撃は、絶え間なく霊夢の結界を攻撃し続け、何もかもを微塵に切り裂こうとする勢いで、特攻を掛ける。荒れた風雨が樹木を容易く薙ぎ倒すが如く、その蝶の群れは結界を砕こうとしていた。
様々な色の光を身に纏い、蝶とは思えぬ速度で迫り、結界に衝突しては儚く散り行く。愚かな生き方だと、誰もが評するかも知れない。一個体の力はそれほどにか弱いのである。けれどもそれらが積もり重なった力は、大嵐という形容では到底足りぬほどの激烈さを秘めている。これが遺言を受け取った虫達の強さにして、革命の最後を彩る賛歌なのだ。彼らは皆、一人の少女の為に身を呈した。高を括っていた霊夢は、必然敗北すらも覚悟した。――即ち、死を。
◆
止まぬ風、止まぬ雨。
それらがもたらす結果が陰惨であるように、それもまた、同様の結果をもたらそうとしていた。霊夢の呻吟はそれをありありと示し出している。そうして恐ろしい結末も、すぐ目前にまで迫っている。
「こんなの……っ、聞いてないっての!」
苦し紛れに苦言を漏らしながら、霊夢は結界へ力を注ぐべく、集中する。しかし彼女の力に多少の余力が残っていようとも、結界の媒介になっている札は着実に消滅へ近付いている。霊夢はそれらを尻目に捉えながら、勝てるという絶対の確信が持てなかった。最早視界の中には蝶の群れしか映ってはいない。それほどの量と密度が、結界へと押し寄せているのだ。
リグルの遺志は疑いの余地なく継がれている。彼女の為に虫達はこれほどの力を発揮する。数多の妖怪を打ち倒し、決して敗北の二文字を経験せぬまま今日まで過ごしてきたが、それも最後のように思える。彼女は云った。これは革命であると。彼女は云った。虫達の力を嘗めていると。ことごとくが合っている。革命は革命として形になろうとし、虫達の力を侮っていたのも事実である。全き革命だ。彼らはこんなにも強大な存在だった。
――次第に霊夢は広がって行く罅を客観的に見詰めるようになった。網の目のようの細かく広がるそれが、自分の死期を表しているからか、物事の流れが緩慢になっている。虫の力を、彼らの結束の力を嘗めた自分に今の現状があるとも思う。そうしてそれが、もう少しでやってくる死に直結している。言訳のしようもない。虫達が起こした革命は、確かに大きかった。リグルの遺言は、それほどの力を持っていた。
霊夢は、符が焼き切れる瞬間と、結界が壊れる瞬間を、同時に見た。そうして空いた隙間から流れ込んでくる蝶達の姿を、諦念を込めた眼差しで見遣った。自らの敗北を完全に自己の内で認めた。
――その時。
霊夢を飲み込まんと、蝶の波がうねりを上げて迫った瞬間、太く、何処までも伸びる柱のような光刃が、霊夢の目の前を薙いだ。見るだけでそれが恐ろしく強大な力の塊であるのは知れた。そうしてそれが、あれほど霊夢を追い詰めた虫達をまとめて消滅させた。事によると魔理沙の全力よりも強大なのではないだろうかと、霊夢は一瞬にして自分を危機から救った光刃を茫然と見詰めながら思う。それは、文字通り光の刃となって、虫達を全て消し去った。
「な……」
その驚きは筆舌に尽くし難かった。全てが消え、本来の静謐さを取り戻した空に浮かんだ一人の女性。不敵な笑いを浮かべ、一間穏やかそうに見えながらも、得体の知れない危うさを秘めた雰囲気は見た者を震わせる恐怖を孕んでいる。力の放出の名残と思われる煙を先端から昇らせる可愛らしい傘を手に持ち、その女は会釈して見せる。人間らしい姿をしながら、明らかなる違いを含ませている。霊夢はその人物を知っていた。最強の妖怪を自負する、その女を知っていた。
「こんにちは。今日はよく晴れて、好いお天気ね」
まるで人間めいた挨拶をして、女は頭を下げた。
「なんであんたが、――風見幽香」
彼岸への川へ一歩を踏み込んだ霊夢を、嘲笑うかのように。
――続
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